【今、読むべき本として】 朝井リョウの直木賞受賞作 「何者」 を読了。(ネタバレ含む)
いつまでも古びない、普及の名作というものがある。
私が学生だった頃、そういった本は苦手だった。
なんだか読みづらいし、古臭く感じたのである。
得てしてそういった本は、大人になると中毒的にはまってしまうことが多いものだ。
そう考えると、たとえ「今」読まなくても、理解ができなくてもかまわない。
本に自分の理解や感性が追いついてから読んでもいい。
しかし同じ名作でも、それとは逆に「今すぐ」読まなければならない本がある。
それがこの、第148回直木賞受賞作・朝井リョウ著の「何者」である。
朝井リョウといえば、傑作「桐島、部活辞めるってよ。」のヒットが記憶に新しい。
- 作者: 朝井リョウ
- 出版社/メーカー: 集英社
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誰もが等しく経験する学生生活、なのに得るものは全く違う。
努力ではどうにもならない圧倒的に深い溝が、スクールカースト(なんて嫌なコトバなんだろう)の境界線として存在することを、複数のポジションから描いた傑作青春小説。
・・・ですが、この小説を読んだ人、小説を超える作品に仕上がった映画版を観た人に話を聞いてみると、
「何が面白いのかわからない。」
「イケてないグループに属していた人の僻みでしょ。」
などと答える方人が、少なからずいました。
私は”前田涼也”に近いポジションの学生生活を送っていましたが、”菊池宏樹”として過ごした人には、ひょっとしてこの作品から伝わるものは何もないのではないか、なんて思います(暴論は自覚しています)。
著者の朝井リョウさんが学生生活をスクールカーストのどのポジションで過ごした方なのか分かりませんが、大学生のうちにここまで鋭く、数年前の高校生時代の暗闇を切り取れることに心底驚きました。
そして、心底驚いた先に生まれたものが、「就職活動」をテーマにした世にもめずらしいシューカツ小説「何者」。
- 作者: 朝井リョウ
- 出版社/メーカー: 新潮社
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私が就職活動を始めた大学3生の年は、就職氷河期がようやく落ち着いてきたかと言われていたときでした。あまり大学生活を楽しめなった私は友達も少なく、作中の彼らのように「団体戦」で就職活動に挑むことができなかったため、孤独に粛々と面接をこなしていたこともあり、ここまでどろどろとした人間関係に溺れ、迷い、潰されることもなかったかわりに、拓人と理香のようにぶつかりあって、傷口を抉られ、そして自分が「何者」であるか気付くことに、または自分が「何者」でもないことに気付くこともなかった。
就職活動は、自分が「何者」なのかを考える、人生で始めての機会なのかもしれない。
通り一遍の自己分析をして、適職診断で出てきた結果に右往左往、受かってもいない友人とエントリーシートを添削し合って一喜一憂する学生たち・・・。
私もその中にいた。
結局、就職活動の中で自分が「何者」なのか気付くことができなかった私は、現在まで8年ほど仕事を続け、ようやく30歳になって自分が「何者」なのか、この本を読んで片鱗を感じることができたように思う。考えれば考えるほど、「何者」でもないことを。
読んだ方なら分かるかと思いますが、2つの大きな読みどころがある。
ひとつは、瑞月が隆良に憤りをぶつける212ページ。
もうひとつは、拓人に諸刃の剣で斬りかかる理香が描かれる255ページ。
特に前者は、自分が「何者」かについて考えさせてくれる、すばらしいシーン。
ここの文章を切り取って、たびたび読み返したくなるくらいに。
日本特有の新卒一括採用に伴う「就活」を描いたこの稀有な作品が、ぜひリアルにその「就活」を過ごす学生に読み渡ることを祈ります。
高橋優というアーティストがいる。
映画版「桐島、部活辞めるってよ。」のエンディングテーマ「陽はまた昇る」を提供した彼は、”リアルタイム・シンガーソングライター”と自分を謳う。
「今」を切り取って歌う高橋優は、「今」を切り取って本を書く朝井リョウに、とても似ている。
あらためて、映画版「桐島~」にふさわしいアーティストだったと思う。